賃貸で運用していれば、いつかは起こることがあります。賃料が入金されない月です。
このとき、日本の感覚で対応しようとすると危険です。ニューヨークでは、貸主が自分の判断で入居者を退去させることが法律で禁じられています。鍵を替える、荷物を出す、電気や暖房を止める。いずれも違法であり、貸主側が責任を問われます。
できるのは、裁判所の手続きを通すことだけです。本日は、その手順と期間、そしてそもそも滞納を起こしにくくする備えについて見ていきましょう。
1. 自力での立ち退きが禁じられている理由

ニューヨーク州では、居住用の賃貸において貸主が実力で占有を取り戻すことを禁じています。これは入居者の保護であると同時に、実力行使をめぐる紛争を裁判所に集約するための仕組みでもあります。
禁じられている行為は幅広く解釈されます。①鍵の交換。②荷物の搬出。③暖房、給湯、電気などの供給停止。④玄関や共用部の使用の妨害。入居者が家賃を払っていない事実は、これらを正当化しません。
違反した場合、貸主は損害賠償の対象となり得ます。金額は事案によりますが、滞納された賃料をはるかに超えることもあります。感情的に動いた側が不利になる構造だと理解しておくのが安全です。
したがって、滞納が起きたときに最初にすべきことは、行動ではなく確認です。契約書の条項、支払いの記録、連絡の履歴。すべて書面で残っている状態を作ることが、その後のあらゆる手続きの前提になります。
記録の残し方にも作法があります。電話での督促は記録に残りません。連絡は書面と電子メールで行い、送った日付と内容が後から示せる形にします。入居者からの返信も保存します。支払いの意思や事情が書かれていれば、和解の交渉でも裁判でも材料になります。
2. 裁判所を通す手順

手続きは段階を踏みます。概略は次のとおりです。
①書面での請求。法定の様式と期間を守った通知を送ります。②提訴。応じない場合、住宅を扱う裁判所に申し立てます。③審理。入居者側にも主張の機会があります。④判決と執行。認められた場合、執行の権限を持つ職員が退去を実行します。
期間は事案によって大きく変わります。争いのない事案でも数ヶ月、争われれば年単位になることがあります。その間、賃料は入りません。判決で滞納分の支払いが命じられても、実際に回収できるかどうかは別の問題です。
手続きの通知や期間は法改正で変わりますので、着手の際はニューヨーク市の住宅裁判所の案内と弁護士に必ずご確認ください。様式の不備は、それだけで申し立てが却下される原因になります。
実務としては、裁判に至る前に和解で解決することが少なくありません。退去の期日を合意し、滞納分の一部を免除する。時間と費用を考えれば、これが合理的な着地になる場面は多くあります。
費用の見込みも立てておきます。弁護士費用、裁判所への費用、そして空室期間の逸失賃料。回収できる見込み額が、かかる費用を下回ることもあります。その場合、退去に合意してもらうことを優先し、滞納分の回収は諦めるという判断が現実的です。感情ではなく金額で決める場面です。
3. 契約の段階で備えておくこと

滞納が起きてからできることは限られます。効くのは、契約の段階で置いておく備えです。
| 備え | 効いてくる場面 |
|---|---|
| 入居審査の基準 | 収入と支払い履歴の確認で滞納の確率が下がる |
| 保証人または保証会社 | 滞納時の回収先が増える |
| 敷金の預かり | 法定の上限内で、退去時の精算に充てる |
| 借家人保険の義務づけ | 入居者側の過失による損害に保険が働く |
| 連絡と通知の方法 | 法定の通知を確実に届けられる |
三行目の敷金には制度上の制約があります。ニューヨーク州では居住用の敷金に上限が定められており、預かった資金は分別して管理する義務があります。滞納が続いているからといって、途中で敷金を賃料に充当することはできません。退去時の精算で用いるものです。
一行目の審査基準は、最も費用のかからない備えです。入居の可否を決められるのは、契約前の一度だけです。空室を早く埋めたいという気持ちと、支払いの確実さを確かめる手間は、しばしば衝突します。ここで手を抜いた結果が、数ヶ月後の滞納として返ってきます。
なお、入居審査では法令が禁じる差別的な取り扱いをしてはなりません。判断は支払い能力と履歴という客観的な基準に限り、基準は全員に同じように適用します。運用は管理会社と共有し、書面にしておきます。
4. 海外の貸主が持つべき体制

遠隔で運用している場合、この種の事態への初動が遅れます。時差があり、書類は英語で、期限は法定です。
必要なのは三つです。①管理会社。通知の送付と裁判所への対応を担います。委託の設計は賃貸管理の記事にまとめています。②弁護士。滞納が発生してから探すのでは遅く、平時に一度話しておきます。③資金の余裕。数ヶ月賃料が入らなくても、税と管理費と保険を払い続けられる状態です。
③が実は最も重要です。滞納が痛いのは、賃料が入らないことではなく、支出が止まらないことです。年間の収支を組むときに、この期間を想定に入れておきます。保険の設計は不動産にかける保険の記事を、税務の全体像はアメリカ不動産の税金の全体像をご覧ください。
ここで、逆の見方も置いておきます。「入居者の保護がこれほど強いなら、ニューヨークで賃貸を持つのは不利ではないか」というものです。
制度としては貸主に厳しい面があります。ただ、その厳しさは市場に織り込まれています。手続きの負担を前提とした利回りで価格が形成されており、貸主の裁量が強い地域と同じ条件で比べているわけではありません。加えて、この制度の下でも大多数の賃貸は問題なく回っています。滞納は起きるものですが、起きる確率は入居審査で大きく下げられます。制度を変えることはできませんが、入居者を選ぶことはできる。そこに労力を配分するのが、この市場での運用です。
退去の後の実務も触れておきます。原状の確認、敷金の精算、法定の期限内での返還と明細の交付。この手続きを怠ると、今度は貸主側が責任を問われます。滞納で終わった契約ほど、最後の処理を丁寧に行います。感情が残る場面ですが、書面と期限を守ることが最善の防御です。
5. まとめ

ニューヨークでは、貸主が自分の判断で入居者を退去させることはできません。鍵の交換も、荷物の搬出も、暖房の停止も違法です。感情的に動いた側が不利になります。
手続きは裁判所を通し、期間は数ヶ月から年単位に及びます。その間、賃料は入らず、支出は続きます。
効くのは事前の備えです。入居審査の基準、保証人または保証会社、敷金、借家人保険の義務づけ、通知の方法。そして海外の貸主なら、管理会社と弁護士、数ヶ月分の資金の余裕を持っておくことです。
制度は変えられませんが、入居者は選べます。労力はそちらに配分します。
当社では、個人と法人、居住者と非居住者それぞれの場合分けを踏まえ、賃貸運用の体制づくりからご相談を承っております。
※本記事の内容は一般的な情報提供であり、法務・税務・投資に関する助言ではありません。個別の判断は、独立した専門家へのご確認を前提とします。
よくある質問
ニューヨークで貸主が自分の判断で入居者を退去させることはできますか。
ニューヨークでは貸主が自分の判断で入居者を退去させることが法律で禁じられています。鍵を替える、荷物を出す、電気や暖房を止める行為はいずれも違法であり、貸主側が責任を問われます。できるのは裁判所の手続きを通すことだけで、自力での立ち退きは禁止されています。
滞納が発生した際に貸主が最初にすべきことは何ですか。
滞納が起きたときに最初にすべきことは行動ではなく確認です。契約書の条項、支払いの記録、連絡の履歴をすべて書面で残している状態を作ることが前提になります。電話での督促は記録に残らないため、連絡は書面と電子メールで行い、送った日付と内容が後から示せる形にします。
裁判所を通す退去手続きにはどのくらいの期間がかかりますか。
手続きの期間は事案によって大きく変わります。争いのない事案でも数ヶ月、争われれば年単位になることがあります。その間賃料は入りませんし、判決で滞納分の支払いが命じられても実際に回収できるかどうかは別の問題です。法改正で通知や期間が変わるため、着手の際は必ず確認が必要です。
契約の段階で滞納を防ぐための備えにはどのようなものがありますか。
効くのは契約の段階で置いておく備えです。入居審査の基準、保証人または保証会社、敷金の預かり、借家人保険の義務づけ、連絡と通知の方法が挙げられます。ニューヨーク州では居住用の敷金に上限が定められており、滞納が続いているからといって途中で賃料に充当することはできません。
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