2026年4月現在、アメリカで生活する日本人の方々にとって、遺言書の作成は避けて通れない重要な法的手続きとなっています。アメリカの遺言書制度は日本とは大きく異なる特徴を持ち、適切な理解なしに進めると相続時に大きなトラブルを招く可能性があります。
特に、州ごとに異なる法制度、連邦税と州税の複雑な税務構造、そして日米間の相続税条約の適用など、多くの専門知識が求められる分野です。アメリカ在住の日本人の方々は、両国の法制度を理解した上で適切な遺言書を作成する必要があるでしょう。
本日はアメリカの遺言書作成について詳しく見ていきましょう。
1. アメリカの遺言書制度の基本構造

アメリカの遺言書制度は、各州が独自の法律を持つ連邦制度の下で運営されています。これにより、居住する州によって遺言書の要件や手続きが大きく異なることが特徴です。
州法による違いと共通要件
各州共通の基本要件として、遺言者が18歳以上であること、精神的能力を有すること、そして遺言書が自由意思に基づいて作成されることが求められています。一方、証人の要件については州によって大きく異なります。
例えば、ニューヨーク州では2名の証人が必要ですが、ニューヨーク州裁判所によると、証人は遺言書の受益者であってはならないという制限があります。一方、カリフォルニア州では、カリフォルニア州裁判所の規定により、2名の証人が必要ですが、受益者が証人となることも一定の条件下で認められています。
遺言書の種類と特徴
アメリカでは主に以下の種類の遺言書が認められています。
①正式遺言書(Formal Will)は、弁護士が作成し、適切な証人立会いの下で署名される最も一般的な形式です。法的な有効性が高く、複雑な財産構成を持つ方に適しています。
②自筆遺言書(Holographic Will)は、遺言者が全文を手書きで作成し署名したもので、証人は不要ですが、すべての州で認められているわけではありません。
③口頭遺言書(Nuncupative Will)は、死の直前に口頭で表明された遺言で、認める州は極めて限定的です。
プロベート手続きの概要
アメリカの相続では、プロベート(Probate)と呼ばれる家庭裁判所での検認手続きが必要となります。連邦裁判所システムの説明によると、この手続きには通常6ヶ月から2年の期間が必要です。
プロベート手続きでは、遺言書の有効性確認、財産の評価、債務の支払い、そして残余財産の分配が行われます。この過程で発生する費用は財産の3%から8%程度となることが一般的です。
2. 日本人が知るべき税務上の重要ポイント

アメリカ在住の日本人にとって、遺言書作成時に最も複雑な問題となるのが税務上の取り扱いです。アメリカの相続税制度と日本の相続税制度の両方を理解する必要があります。
連邦相続税の仕組み
2026年のIRS(内国歳入庁)の規定では、連邦遺産税の基礎控除額は1,500万ドル(約23億2,500万円、2026年3月現在、1ドル=155円換算)です。この金額を超える遺産に対して、18%から40%の税率が適用されます。
一時期、2026年から基礎控除額が半減するという見方が広まりましたが、この半減は起きませんでした。2025年に成立した法律で1,500万ドルが恒久化され、以後は物価に連動して調整されます。
州相続税・州遺産税の考慮
連邦相続税に加えて、一部の州では独自の相続税や遺産税を課しています。ニューヨーク州税務局によると、ニューヨーク州の遺産税基礎控除額は2026年で735万ドル(約11億3,925万円)となっており、連邦税と異なる基準が適用されます。
以下の表は、主要州における相続税・遺産税の比較です。
| 州名 | 税の種類 | 基礎控除額(ドル) | 最高税率 |
|---|---|---|---|
| ニューヨーク州 | 遺産税 | 6,907,500 | 16% |
| カリフォルニア州 | なし | – | – |
| イリノイ州 | 遺産税 | 4,000,000 | 16% |
| ワシントン州 | 遺産税 | 2,193,000 | 20% |
| マサチューセッツ州 | 遺産税 | 2,000,000 | 16% |
※上記は、主要州における2026年の相続税・遺産税の基礎控除額と税率
日米相続税条約の活用
日本とアメリカの間には日米相続税条約が締結されており、二重課税の回避や相互協議手続きなどが規定されています。日本国税庁によると、この条約により適切な税務処理を行うことで、過度な税負担を避けることが可能です。
特に重要なのは、日本の相続税の基礎控除額は3,000万円プラス相続人1人当たり600万円であることです。アメリカの基礎控除額と比較すると大幅に低いため、適切な租税条約の適用が不可欠となります。
3. 遺言書作成の実務手続きと必要費用

アメリカで適切な遺言書を作成するためには、複数のステップを踏む必要があります。特に日本人の方は、両国の法制度を理解した専門家のサポートが重要となります。
弁護士選択のポイント
遺言書作成にあたって、適切な弁護士の選択が成功の鍵となります。単なる一般的な弁護士ではなく、遺産計画(Estate Planning)を専門とし、かつ国際税務に精通した弁護士を選ぶことが重要です。
アメリカ法曹協会(ABA)の不動産・信託・遺産法部門では、専門弁護士の検索システムを提供しています。日本人の方の場合は、日本語でのコミュニケーションが可能な弁護士や、日系弁護士事務所の利用も検討に値するでしょう。
弁護士費用は地域や複雑性により大きく異なりますが、シンプルな遺言書で1,500ドルから3,000ドル(約23万2,500円から46万5,000円)、複雑な遺産計画では10,000ドルから50,000ドル(約155万円から775万円)程度が相場となっています。
必要書類と情報の整理
遺言書作成前に準備すべき書類と情報は多岐にわたります。
①財産の詳細リストとして、不動産、銀行口座、投資口座、生命保険、退職金口座(401k、IRAなど)、ビジネス持分、個人財産などの詳細な一覧を作成する必要があります。
②負債の一覧として、住宅ローン、その他のローン、クレジットカード債務、事業債務などを整理します。
③受益者の情報として、配偶者、子ども、その他の家族、慈善団体などの詳細な連絡先と関係性を明確にします。
④遺言執行者の選定として、信頼できる人物を遺言執行者として指名し、代替執行者も決めておきます。
関連する法的文書の作成
遺言書と併せて作成すべき重要な文書があります。
リビング・ウィル(Living Will)は、終末期医療に関する意思表示文書で、国立老化研究所(NIA)によると、意識不明などの状況での医療措置についての希望を明記できます。
医療代理権限書(Healthcare Power of Attorney)は、医療判断を代理で行う権限を指定した人に与える文書です。
一般代理権限書(General Power of Attorney)は、財産管理や法的手続きを代理で行う権限を与える文書で、認知症などで判断能力を失った場合に重要な役割を果たします。
4. 国際相続における注意点と対策

日本人がアメリカで遺言書を作成する際には、国際相続特有の複雑な問題に対処する必要があります。特に、両国の法制度の違いや税務上の取り扱いについて慎重な検討が求められます。
日本の法定相続分との調整
日本の民法では遺留分制度が規定されており、配偶者や直系卑属には最低限の相続分が保証されています。一方、アメリカでは遺言者の意思が最大限に尊重される制度となっているため、この違いが問題となる場合があります。
法務省によると、日本に財産がある場合や日本の相続人がいる場合は、遺留分の主張が可能となるため、アメリカの遺言書を作成する際にもこの点を考慮する必要があります。
特に注意が必要なのは、アメリカの遺言書で日本の法定相続人の遺留分を侵害する内容を記載した場合、日本の裁判所で遺留分侵害額請求訴訟を提起される可能性があることです。
信託(Trust)の活用戦略
アメリカでは信託制度を活用することで、プロベート手続きの回避や税務上の利益を得ることが可能です。特に日本人の方には以下の信託が有効とされています。
①リビング・トラスト(Revocable Living Trust)は、生前に設立し、死後のプロベート手続きを回避できる信託です。設立費用は3,000ドルから8,000ドル(約46万5,000円から124万円)程度です。
②QTIP信託(Qualified Terminal Interest Property Trust)は、配偶者に生涯にわたって収益を提供しつつ、最終的な財産の帰属先を指定できる信託です。
③チャリタブル・トラストは、慈善団体への寄付と税務上の優遇を両立できる信託で、IRSから大幅な所得控除を受けることが可能です。
FATCA・CBCへの対応
アメリカ在住の日本人は、FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)や共通報告基準(CBC)の対象となる場合があります。
IRSによると、外国の金融口座の合計が1万ドル(約155万円)を超える場合は、FBARやForm 8938の提出が必要となります。遺言書作成時には、これらの報告義務についても考慮し、相続人に適切な情報を残しておくことが重要です。
また、日本の金融機関に口座を持つ場合は、相続時に口座凍結が発生する可能性があるため、事前に金融機関との手続きを確認し、遺言書にも明記しておくことが推奨されます。
まとめ

アメリカの遺言書作成は、単なる財産分配の指示書を作成することを超えて、複雑な法制度と税務構造の中で最適な相続計画を立てることが求められます。特に日本人の方にとっては、両国の法制度の違いを理解し、適切な専門家のサポートを得ることが成功の鍵となります。
2026年以降の税制改革により相続税の基礎控除額が大幅に減少する予定であることを考えると、早期の対策が特に重要となるでしょう。州ごとに異なる法制度、連邦税と州税の複雑な構造、そして日米間の租税条約の適用など、多くの専門知識が必要な分野であることは間違いありません。
遺言書作成の際には、適切な弁護士の選択、必要書類の準備、関連する法的文書の整備、そして国際相続特有の問題への対策を全体的に検討することが重要です。特に信託制度の活用やFATCA等の報告義務への対応は、適切な専門家なしには困難な領域と言えるでしょう。
我々は、アメリカでの相続計画についても専門的なアドバイスを提供しております。個別のケースに応じた最適な解決策をご提案いたしますので、お問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。
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