アメリカに不動産をお持ちの方から、税務調査について尋ねられることが増えました。実際の調査率は個人全体で1パーセントを下回っており、確率だけを見れば決して高くありません。ところが不動産を保有し、賃貸収入を申告し、日本にも資産をお持ちという条件が重なると、機械的な選定に引っかかる要素が一気に増えます。しかも税務調査で問題になるのは、隠したかどうかではなく、判断の分かれる項目をどう処理したかという点です。減価償却の年数、修繕費と資本的支出の区分、損失の控除可否。いずれも根拠書類を残していれば説明できるものが、残していないと否認されます。本日はIRS税務調査について、選ばれる仕組みと、不動産保有者が指摘を受けやすい論点を見ていきましょう。
1. 税務調査には3つの形式がある

アメリカの税務調査は、日本で想像されるような調査官の訪問だけではありません。実務上は3つの形式に分かれ、件数として最も多いのは書面のやり取りで完結する形式です。
①書面による調査は、特定の項目について根拠書類の提出を求める通知が郵送されるものです。②事務所での調査は、指定された事務所に書類を持参して説明する形式です。③実地調査は、調査官が事業所や自宅を訪問して帳簿を確認する形式で、事業規模が大きい場合に用いられます。
いずれの形式であっても、通知は必ず郵便で届きます。電話やメールで税務調査を告げ、その場で支払いを求めるものは詐欺です。正規の連絡方法については内国歳入庁の公式サイトに案内があります。
いつまで遡られるのか
調査の対象期間は原則として申告から3年です。ただし所得の申告漏れが一定の割合を超える場合は6年に延長され、そもそも申告していない場合や不正がある場合には期間の制限がありません。
この点は、日本と米国の双方で申告義務が生じる方にとって重要です。片方の国で申告を済ませていても、もう一方の国での申告義務が消えるわけではございません。それでは、どのように調査対象が選ばれるのかを見ていきます。
2. 対象に選ばれる仕組み

調査対象の選定は、担当者の裁量ではなく主にシステムによる採点で行われます。同じような所得規模、同じような業種の申告と比較して、数値の組み合わせが統計的に外れている申告に高い点数がつくという仕組みです。
もう一つの経路が、支払者から提出される情報申告との突合です。金融機関や取引先は支払額をIRSに報告しており、申告書に記載された金額と一致しなければ自動的に照会が発生します。
非居住者や駐在の方の場合、ここに国外資産の報告義務が加わります。一定額を超える国外の金融口座については別途の報告が求められ、この報告漏れに対する罰則は本税の追徴より重くなることがあります。所得が発生していない口座であっても報告義務は生じますので、残高の把握を怠らないことが実務上の要点です。
3. 不動産保有者が指摘を受けやすい5つの論点

賃貸不動産を保有していると、判断の分かれる項目が毎年発生します。当社が現地の会計事務所と連携するなかで、指摘の対象になりやすいと聞く論点は次の通りです。
以下は不動産保有者が調査で確認されやすい項目と、備えておくべき書類をまとめた表です。
| 論点 | 争点になる理由 | 備えるべき書類 |
|---|---|---|
| 修繕費か資本的支出か | 区分で控除時期が変わる | 工事の見積書と写真 |
| 土地と建物の按分 | 償却額の基礎が変わる | 評価証明と鑑定書 |
| 損失の控除可否 | 所得水準で制限がある | 関与時間の記録 |
| 自己使用との按分 | 私的利用分は控除不可 | 利用日数の記録 |
| 売却時の源泉徴収 | 非居住者に適用される | 源泉徴収の証明書 |
※上記は、当社が実務で見聞きしている一般的な論点を整理したものです。個別の判断は担当の会計士または税理士にご確認ください。
関与時間の記録が最も軽視されている
このなかで、対策が最も後回しにされるのが関与時間の記録です。不動産賃貸から生じた損失を他の所得と相殺できるかどうかは、その方が不動産業務にどれだけ従事したかによって判定されます。
この判定に用いる時間の記録は、後から作成したものでは説明が難しくなります。日々の作業内容を随時記録しておくという地道な作業が、結果として最も効きます。関連する制度の詳細は不動産プロフェッショナルステータスの解説記事にまとめております。
4. 一方で「調査は稀だから備えなくてよい」という見方について

税務調査の話をすると、確率が1パーセントを切っているのだから、そこに時間と費用をかけるのは合理的でないというご意見をいただきます。期待値で考えれば、書類整備にかかる手間のほうが大きいという判断です。
この考え方には一定の筋が通っております。全ての領収書を分類し、作業時間を毎日記録することは相応の負担ですし、その時間を事業に使ったほうが生産的だという見方は否定できません。
しかし、この議論には3つの前提の誤りがあると考えております。
第一に、全体の調査率は個人全体の平均であって、ご自身に当てはまる数字ではありません。賃貸不動産の損失計上、国外資産の保有、高額所得という条件が重なるほど、選定される確率は平均から乖離していきます。
第二に、書類の整備は調査への備えである以前に、正しい申告のために必要な作業です。土地と建物の按分根拠がなければ、そもそも償却額を確定できません。
第三に、指摘を受けたときの負担は本税だけでは終わりません。加算税と利息が上乗せされ、対応を依頼する専門家の費用も発生します。数年分をまとめて指摘された場合、当初の節税額を上回ることは十分に起こり得ます。
ですので当社としては、調査を恐れて保守的に申告するのではなく、取れる控除は取ったうえで、その根拠を残しておくことをご推奨いたします。説明できる状態であれば、調査は事務手続きにすぎません。
まとめ

アメリカの税務調査は、その大半が書面のやり取りで完結します。恐れるべきは調査そのものではなく、判断の分かれる項目について根拠を示せない状態のほうです。
不動産をお持ちの方に特に申し上げたいのは、修繕費と資本的支出の区分、土地と建物の按分、そして関与時間の記録という3点です。いずれも購入した年に方針を決め、以後は同じ基準で継続することが、後から見て最も説明しやすい形になります。
不動産にまつわる税制の全体像についてはアメリカ不動産投資の税制解説を、所得税の仕組みについてはアメリカの所得税ガイドを、駐在の方の申告実務については駐在員の確定申告ガイドをあわせてご覧いただけますと幸いです。
当社は税務代理を行う事務所ではございませんが、アメリカ不動産の取得と保有をご支援するなかで、現地の会計事務所との連携をご案内しております。ご不明な点がございましたらお気軽にご相談ください。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、税務に関する助言ではありません。当社は税務代理業務を行っておりません。個別の判断は資格を有する専門家にご確認ください。不動産サービスはR New Yorkとしてのサービス提供となります。
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