ソーホー(SoHo)は「ハウストン通りの南(SOuth of HOuston)」、ノーホー(NoHo)はその北、トライベッカ(Tribeca)は「キャナル通りの下の三角地帯(Triangle Below Canal)」の略です。ブルックリンのダンボ(DUMBO)は「マンハッタン橋の高架の下(Down Under the Manhattan Bridge Overpass)」の頭文字で、1970年代の終わりに名付けられました。
一方で、ハーレムとブルックリンは1600年代のオランダの町の名前が元になっています。市のランドマーク保存委員会(LPC)が歴史地区を指定するときにまとめる報告書には、こうした地名の由来が書かれています。
- ソーホー、ノーホー、トライベッカは、倉庫街に芸術家が住み始めたあとに付いた略称です
- ダンボは1970年代の終わりに、名前のなかった地区に付けられました
- ハーレムは1658年、ブルックリンは1646年のオランダの町の名前から来ています
- 由来が残る街の多くは歴史地区で、外観の工事には委員会の審査が要ります
地名の由来を知ると、その街の建物がいつ、何のために建てられたかが見えてきます。
本日はニューヨークの地名の由来について見ていきましょう。
1. 頭文字でできた地名。倉庫街に芸術家が住んだころ

ソーホーとノーホーは、ハウストン通りの南と北
LPCのノーホー歴史地区の指定報告書(1999年)によると、いまのノーホー、ソーホー、トライベッカの東側は、もとはまとめて「倉庫街」と呼ばれていました。安い家賃に引かれた芸術家が空いたロフトを借り始めましたが、当時の用途の規制では作業場としてしか使えず、多くは規制に反して住んでいました。
芸術家たちは住む権利を求めて長く争い、最後に認められます。住む人が増えるにつれて地区の呼び名も変わり、1920年に拡幅されたハウストン通りを境に、南がソーホー(SOuth of HOuston)、北がノーホー(NOrth of HOuston)と呼ばれるようになりました。
トライベッカとダンボ
LPCのダンボ歴史地区の指定報告書(2007年)は、ダンボの名前を1970年代の終わりに付いたものと説明しています。空いた工場の建物に芸術家が移り住み始め、名前のなかった地区に、はっきり区別できる呼び名を求めたのが始まりです。
頭文字を使ったのは、少し前にソーホー、ノーホー、トライベッカ(Triangle Below Canal)という新しい地名が生まれていたからだと、同じ報告書は書いています。
| 地名 | 元の言葉 | 意味 | 由来を書いた資料 |
|---|---|---|---|
| ソーホー | SOuth of HOuston | ハウストン通りの南 | ノーホー歴史地区の報告書 |
| ノーホー | NOrth of HOuston | ハウストン通りの北 | ノーホー歴史地区の報告書 |
| トライベッカ | Triangle Below Canal | キャナル通りの下の三角地帯 | ダンボ歴史地区の報告書 |
| ダンボ | Down Under the Manhattan Bridge Overpass | マンハッタン橋の高架の下 | ダンボ歴史地区の報告書 |
| ハーレム | Nieuw Haarlem | オランダの都市ハールレムから | LPCの1982年の報告書 |
| ブルックリン | Breuckelen | オランダの町の名前から | ニューネザーランド研究所 |
| チェルシー | Chelsea | ロンドンのチェルシーから | チェルシー歴史地区の報告書 |
ニューヨーク市ランドマーク保存委員会(LPC)の指定報告書と、ニューネザーランド研究所の解説をもとに作成。
2. オランダ時代の町の名前。ハーレムとブルックリン

ハーレムは1658年のニーウ・ハールレム
LPCの1982年の指定報告書によると、1658年にピーター・ストイフェサントがこの近くにニーウ・ハールレムという町を置き、オランダの都市ハールレムにちなんで名付けました。いまのハーレムの名前は、ここから来ています。
ブルックリンは1646年のブルーケレン
オランダ時代の歴史を研究するニューネザーランド研究所の解説では、1646年にロングアイランドで最初のオランダ人の町が正式にでき、オランダの町の名前からブルーケレン(Breuckelen)と呼ばれました。
ブルーケレンは、いまの区全体ではなく、区の中にあった6つの町の1つです。場所はニューアムステルダムの対岸、いまのブルックリンハイツのあたりでした。
3. 屋敷の名前が地区の名前に。チェルシー

ロンドンのチェルシーから
LPCのチェルシー歴史地区の指定報告書(1970年)によると、トーマス・クラーク大尉が自分の屋敷を、いまはロンドンの一部であるチェルシーにちなんで「チェルシー」と名付けました。土地は1750年に買ったもので、東はいまの8番街のあたり、西はハドソン川、北は西28丁目、南はおよそ西20丁目までありました。
証書の条件で作られた住宅地
クラーク大尉の孫のクレメント・クラーク・ムーアは、1813年に両親から土地を譲り受け、屋敷を住宅地に変えていきました。同じ報告書は、ムーアが土地の売買の証書に建物の設計への承認などの条件を書き込み、チェルシー歴史地区は計画された住宅地だったと説明しています。
4. 由来が残る街の多くは歴史地区。買う前に知っておくこと

報告書の年が指定の年
ここで使った報告書は、どれも歴史地区の指定のときにまとめられたものです。チェルシー歴史地区は1970年、ノーホー歴史地区は1999年、ダンボ歴史地区は2007年に指定されました。ソーホーとトライベッカにも歴史地区があります。
外観の工事は委員会の審査が要る
LPCの許可と改修の案内によると、歴史地区にある建物の正面と裏側の外観を変える工事の多くは、委員会の審査が要ります。割れた窓ガラスの交換、同じ色での塗り直し、窓やドアのまわりのすき間埋めのような普段の修繕は、許可がなくてもできます。
歴史地区の建物を買って、窓や外壁、屋上に手を入れるつもりがあるなら、契約の前に審査が要るかどうかを確かめます。思っていた工事ができないと、買ったあとの計画が崩れます。
まとめ

地名は街の成り立ちを伝える
ソーホー、ノーホー、トライベッカ、ダンボは、倉庫や工場の街に芸術家が住み始めたあとに生まれた略称です。ハーレムとブルックリンはオランダ時代の町、チェルシーは1750年に買われた屋敷の名前から来ています。
由来の残る街の多くは歴史地区に指定され、建物の外観を守る決まりがあります。住む街を選ぶときは、地名の由来とあわせて、その建物にかかる決まりも確かめておくと安心です。
よくある質問
ソーホーとはどういう意味ですか。
「ハウストン通りの南(SOuth of HOuston)」の略です。市のランドマーク保存委員会のノーホー歴史地区の報告書によると、倉庫街に芸術家が住み始めたあと、1920年に拡幅されたハウストン通りを境に、南がソーホー、北がノーホーと呼ばれるようになりました。
トライベッカとダンボの名前の意味を教えてください。
トライベッカは「キャナル通りの下の三角地帯(Triangle Below Canal)」、ダンボは「マンハッタン橋の高架の下(Down Under the Manhattan Bridge Overpass)」の略です。ダンボの名前は1970年代の終わりに、空いた工場に芸術家が移り住み始めたころに付けられました。
ハーレムとブルックリンの名前はどこから来ていますか。
どちらもオランダ時代の町の名前です。ハーレムは1658年にピーター・ストイフェサントが置いたニーウ・ハールレムから、ブルックリンは1646年にできた町ブルーケレンから来ています。
歴史地区の建物を買うと、どんな決まりがありますか。
市のランドマーク保存委員会の案内では、歴史地区にある建物の正面と裏側の外観を変える工事の多くに委員会の審査が要ります。割れた窓ガラスの交換や同じ色での塗り直しのような普段の修繕は、許可がなくてもできます。

















